エッセイ

 



11月4日(木)

目は口ほどにモノをいうか?


またまた、更新をサボってしまった。
きっと、見捨てられてるに違いないので、「したぞーー!」と、広報活動をしようと思ってる。(笑)

昨日、久しぶりにカラオケに行った。唄って愕然。
「下手になってる!」・・・・・(;-_-メ;)
高音が出ない。声に伸びがない。音程が微かにフラットする。
声は常に鍛えてないとすぐに衰えてしまう。

私のよく通ってたパブの店員は劇団に所属してる人がほとんどで、やはり声を出すのが商売(?)の彼等は全員、歌がうまかった。まず、声にボリュウムがある。太くてしっかり芯がある。よく響いて伸びがある。

しかしそれだけではない。彼等の歌を聞いてると、歌のうまい、下手の別れ道は音程や声の良さもさることながら表現力がポイントなんだなぁ、と思うのだ。

脚本を棒読みしても誰も感動させることは出来ない。脚本を自分なりに解釈し、自分の実感という心を乗せなければ誰も感動しない。

最初のワンフレーズで歌のうまいか下手かは分かってしまう。

まず、発声がきちんとしていて、だらしなさがないこと。
声に色気があること。
しっかりと自己主張していながら、押しつけがましくならない凛として醒めた部分があること。
自己陶酔に陥ってる歌ほど気持ちの悪いものはない。

歌を唄わせればその人の性格はある程度分析できる。

私が時々覗くHPの日記で、こんな言葉を見つけて思わずドキッ!としてしまいました。


インターネットの世界というのは、エクリチュールのみの世界であると言ってもいい。
(注・エクリチュール=文・文書)
個人も企業も、エクリチュールで、「内容」を表現する。いや、「写真」や「絵」もあったか。
しかし、主に、エクリチュールで、より深く、その「内容」を知ろうとする──。  

なにが言いたいかっていうと、その人の書いたものを見れば、だいたい、人となりがわかる、ということだ。
そして、それは、もちろん量が多い方が、より推測しやすいものになる。

 ホームページを開いている人の知性も人格も、掲示板に書き込んでいる人の知性や人格も。あるいは、どんな暮しをしているかも、わかってしまう場合がある。
その人のエクリチュールのみで。

もっとはっきり言ってしまえば、「書く」ということは、その人の人格すべてが出る。
そういうことに無頓着すぎる人が多いのも事実だ。


例えばPCを操作していて解らない事にぶつかる。
まだまだ初心者の私は何が解らないのかも解らない。(笑)
3時間かかって解決することもあれば、3ヶ月後に解決することもある。もちろん未だに解らない事も沢山ある。しかし、PCに詳しい人ならばものの10分もかからずに解決してしまうだろう。

私が水商売をしていた頃、ピンク・サロンの店長(当時25才)と、カウンター・バーに飲みに行ったことがある。そのカウンター・バーは、私がその頃通い詰めてた店で、従業員とも仲がよかった・・・というより、従業員と相性が合わなければ、通い詰めるはずもないが・・・・
従業員は男女半々くらいで10人くらいいたが、彼はその従業員達をながめながら、私に

A子とB夫って夫婦なの?と聞いてきた。

B夫は私が店に通い始めた2・3年前からの付き合いで、話が合うこともあってよく話をしたが、彼が結婚してることは聞いてない。
他の従業員に聞いてもそんな話は聞いたことがない、と言う。そこで

「B夫は誰とも付き合ってないよ」と彼に言うと
ふーん、嘘だね。と、あっさり。
「どうして?」
「目線でわかるよ」

彼は他にも 「あの男とあの女、それと、あいつとあいつ」 と、頼みもしないのに誰と誰が付き合ってるかを教えてくれた。
私は話半分どころか10分の1も信じられなかったし、信じてもいなかった。

半年後にB夫とA子の結婚式の招待状が来るまでは・・・・。

B夫の結婚式の披露宴の後、昔話に花が咲いてその時に、B夫から、私がピンク・サロンの店長と店に行った時は、周りには内緒で同棲してたそうである。更に「あの頃は誰と誰がつきあってて・・・・」という話になった。その時に、ピン・サロ店長の言ってたことが全部当たっていたことを知らされてビックリした。

まぁ、彼は無類の女好きだったからその方面の勘は特別に鋭かったのだろう。

つまり、分かる人には分かるってことですね。

例えば、ここに経験豊富で、心の仕組みに精通してる人がいて、このような話し方をする人はこういう性格で、生活はこうで・・・・と分かる人だってきっといるに違いない。

そんな人から見たら私達は丸裸も同然ですね。
セキュリティがどうのこうのと騒いでる場合じゃない(笑)

ネットの世界は匿名性、ということが一つの特徴として上げられてはいるけれど
分かる人にはみんな透けて見えている、という自覚は持っていた方がいい。

11月4日(木)<その2>

今日は掲示板の入れ替えを行いました。
そんなわけで、「俺の書き込みが削除された!」と、あわてないで下さいね。ちゃんと、もうひとつの方の掲示板に残ってます。

当初、私は「迷宮に関連付けられた掲示板」をメインにするつもりだったので、こちらに高機能の掲示板を設置しましたが・・・・・・・・ご覧の通り、書き込みをしてるのは私だけで、閑古鳥が鳴いてます。(私も泣いてます。・・・・(T.T)・・・・・)
そんなわけで、書き込みの多い普通の掲示板の方を高機能のものと入れ替えをしました。
こちらの方は、タグの挿入が可能になってます。

でも、まさか、入れ替えた途端に「迷宮に関連付けられた掲示板」にせっせと投稿したりしして・・・(^_^;)

11月7日(日)

今日は、エッセイ・★本当の願い★を一編追加しました。・・・・・とは言っても、私が好きな詩を紹介しただけですが・・・(^_^;)
その他、質問コーナーやプロフィールなど、みなさんが見やすいように、レイアウトの手直しを少しずつやってます。日記が更新されてなくても、マメに覗いてやってください。

ここは、こんな風にしたら面白いのに・・・とか、もっとマジメにやれー!とか(汗)意見がありましたら、どんどん掲示板にでも書き込んで下さい。

私のアタマのなかでは、このHPのコンセプトと全体的な構成については、まだまだ模索中です。

もっと読みやすく、もっと読者のみなさんが参加しやすい構成に変えて行きたい、と思ってますのでよろしくお願いします。

11月8日(月)

今日はプロフィール掲示板の、手直し、加筆、をしました。
増改築したいところは山ほどある。

明日には、タイトルが変わってるかも・・・・・(^_^;)

11月9日(火)

消えた自転車

ここのところ、掲示板に Heavy な書き込みが続いている。・・・・・怖いけど、とても嬉しい!(^.^)
みなさん、頑張って、私をイジメてぇーー!(マゾ?)

今日、盗まれて諦めていた自転車が出てきた。この自転車は過去に2回の盗難に遭っている。1回目は買って3ヶ月目、保障期間だったので、新品で同じ自転車を半額で買った。・・・・・ところが、買った途端に盗まれた自転車が出て来た。つまり、同じ自転車を2台持つことになってしまったのだ。

2台あっても、邪魔になるだけだ。タイミング良くアパートの大家さんが「丁度、新しいのを買おうと思ってたのよ、うんと安くして売って!」と、言うので新品の方を売った。・・・・駆け引き上手な大家さんは、私が半額で買った値段の更に半額で買い叩いた。・・・赤字である。(T.T)・・・・・。

月日は流れ(?)1年が経とうとした頃、また盗まれた。・・・・・一ヶ月経っても二ヶ月経っても出てこないので仕方なくまた新しい自転車を買った。

3ヶ月目にまた出て来た。

また二台になった。

盗んだ奴より、絶妙のタイミングで帰還する自転車が恨めしい。

11月12日(金)

オヤジな唄

往年の「デュエット・ヒット曲集」をTVで観た。
ハモリが好きな人にとってデュエット曲に関心のない人はいない。ハモリがキマって女の子から
「キャー!カッコイイ!」と言われる時ほど気分のいいものはない。(笑)

ヒデとロザンナ・狩人・チェリッシュ・・・etc・・・・。よく唄う曲もあれば、ハモリがないので唄わないデュエット曲もある。曲は、ヒット当時の録画であったり、ゲスト出演してる当人が唄う場合もある。

チェリッシュはゲスト出演していたので、その場で「白いギター」を唄った。
チェリッシュは、私にハモリの面白さを教えてくれたグループでもある。前奏が始まった時、「聴かない方が幸せかも・・・」と思った。・・・・・唄い終わった時の私の感想は・・・・・・・・・

「聴かなきゃよかった。」だった。

別に下手になっていたわけではない。前にも書いたが”声 ”というのは年齢の影響をそれほど受けない。悦子夫人の声は当時とそれほど変わりはなかった。しかしダンナさんの方は明らかに変わっていた。下手になってるわけではない。ただ、”唄い方 ”がオヤジになってた。

唄を聴くとその人の精神生活がよくわかる。きっとプライベートで唄っていたのは演歌が多かったのだろう、と思った。悦子夫人の方はそれほど気にならなかっただけ余計にデュエットが分離して聞こえる。わずかに、後ノリになるのは演歌の影響か?フォークと演歌がケンカしてるみたいだ。

私が演歌を嫌いであることも関係してるかもしれない。演歌の義理・人情・愛情・・・といったチマチマした世界観が好きになれない。自己陶酔的な感情表現は、聴くのも唄うのも恥ずかしい。だいいち、コブシのきいた「白いギター」など聴くに耐えない。

今のチェリッシュに「白いギター」の世界を表現しろ、と要求すること自体が無茶なのかもしれない。
しかし、それでも「もう少し、なんとかならなかったの?」と言いたいのである。